目次
カーカスといえばやっぱこれ
地獄の産声―ゴアグラインドの開拓者として
DisattackからCarcassへ。ハードコアからの脱皮と転生
1985年、ビル・スティアーらによって結成された前身バンド「Disattack」は、当初ディスチャージの影響下にあるハードコア・パンクを演奏していました。しかし、ジェフ・ウォーカーの加入やドラマーのケン・オーウェンの参加を経て、バンドは「Carcass(死体)」へと改名。より極端で不穏な、新しいノイズへの探求が始まりました。
『腐乱屍臭』がもたらした「医学用語」と「グラインドコア」の融合
1988年のデビューアルバム『腐乱屍臭(Reek of Putrefaction)』は、劣悪な音質ながらも強烈なインパクトを残しました。解剖学や医学生の教科書から引用された医学用語の羅列と、実際の死体写真をコラージュしたジャケットアートは、後に「ゴアグラインド」と呼ばれる一大ジャンルを創出する契機となります。
血塗られた進化―マイケル・アモットの加入とデスメタルへの傾倒
スウェーデンからの刺客、マイケル・アモットとの邂逅
2ndアルバム『疫魔交響曲(Symphonies of Sickness)』のリリース後、バンドは元Carnageのギタリスト、マイケル・アモットを正式にメンバーへ迎えます。アモットの加入によりツインギター体制となったバンドは、それまでの無秩序な暴力衝動から、緻密に計算されたメタルサウンドへと舵を切り始めました。
『屍体愛好癖』における「知性」と「残虐」の精緻なバランス
1991年に発表された3rdアルバム『屍体愛好癖(Necroticism)』は、冷徹な美学と圧倒的な演奏技術が同居する傑作となりました。プログレッシブで複雑な曲展開と、マイケル・アモットがもたらした流麗なギターソロは、単なるノイズバンドとしての評価を完全に覆しました。
美しき残虐の頂点――メロディック・デスメタルの開花
メジャーが求めた変革と、美学の結晶『ハートワーク』
1993年、コロムビア・レコードと契約したバンドは4thアルバム『Heartwork』をリリースします。それまでの泥臭いゴア表現を排し、シンプルながらも美しく冷徹なリフと叙情的なツインギターを前面に出した本作は、後に「メロディック・デスメタル」の先駆者として音楽史に燦然と輝くことになります。
栄光の裏に潜む葛藤と、突然の解散劇
『Heartwork』は商業的成功を収めますが、レコーディング直後にアモットが脱退。さらにメジャーレーベルからの「歌い方を変えろ」といった過剰な要求や、メンバー間の音楽性の乖離から、次回作『スワン・ソング』のリリースを前にバンドは1996年に解散を発表してしまいます。
伝説の帰還―奇跡の再結成と17年ぶりの鋭利なメス
12年目の目覚め。オリジナルドラマー・ケンへの友情
2007年、ジェフ、ビル、マイケルのコアメンバーにより活動再開が宣言されます。1999年に脳内出血を患い、プロレベルでのドラム演奏が困難になったケン・オーウェンの参加は叶いませんでしたが、メンバーは彼を「バンドの魂」としてステージに招き、ファンへその絆を示しました。
『サージカル・スティール』:冷徹な刃は未だ錆びず
2013年、17年ぶりとなる奇跡の新録アルバム『Surgical Steel』がドロップされます。新ドラマーのダニエル・ワイルディングを迎えた本作は、全盛期の鋭利さを現代のサウンドプロダクションでアップデートし、ビル・スティアーの錆びつかないリフワークの美しさを世界に証明しました。
現代の病理―『Torn Arteries』が示す極限の美意識
パンデミックの陰で鼓動を続けた『トーン・アーテリーズ』
2021年、ケンの少年時代のデモテープから名付けられた7thアルバム『Torn Arteries』が、パンデミックによる延期を経てついにリリースされました。彼らが培ってきたグロテスクな美意識は健在でありつつも、より緻密で円熟したヘヴィネスが詰め込まれています。
来日公演で見せる、衰えを知らぬライブへの執念
「リヴァプールの残虐王」のキャッチコピーと共に、数多くの来日公演を成功させてきたCarcass。フェスティバルから単独公演に至るまで、彼らがステージで見せるパフォーマンスは、未だシーンの最前線で極限音楽のルールを更新し続けていることを物語っています。
引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9
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引用元:https://en.wikipedia.org/wiki/Carcass_(band)
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